三階席のメモ(歌舞伎が多め)

三階席の素人客が、感想メモやら気になった記事をとっておいた。この場を借りて自身の備忘録とする。

『仮名手本忠臣蔵』「大序」の備忘録 〜〜錦絵〜〜

 早稲田大学演劇博物館浮世絵閲覧システム」

https://www.arc.ritsumei.ac.jp/lib/vm/digitalukiyoemuseum/2017/06/post-95.htmlという素晴らしいWebサイトがある。演劇研究の総本山である演博のコレクションを主に、所蔵品である錦絵を公開している。そちらを参考に大序の錦絵を眺めてみる。

過去の名優の舞台を眺めるのだから、「評判記」の類も拾って記載したいものだが、時間に余裕がなく断念。今後出来次第補足していく。

衣装についての考察

8坂東三津五郎

「その衣装も文化・文政ごろまでは動いていますね。浮世絵で見ると、判官と若狭之助が逆になってるのもあるし、ほかの模様のついてるのを着ているのもありますよ。きまったのは天保で、それ以後は動いていないようだ。」(「忠臣蔵版 新・御狂言楽屋本説」『季刊 歌舞伎』第二号 昭和43年10月)


服部幸雄

「文化六年五月に、中村座で三世歌右衛門が、師直・由良之助・定九郎以下、七役を演っていますが、この時はじめて「大序」の判官と若狭之助の衣裳が大紋烏帽子になったと「戯場談話」に出ています。それまでは師直だけて、二人は長上下だったといいます。(後略)」(「忠臣蔵版 新・御狂言楽屋本説」『季刊 歌舞伎』第二号 昭和43年10月)

 

大序の衣装についての研究

桑原博行 「歌舞伎衣裳の変遷について」ーー『仮名手本忠臣蔵』大序を例として(『歌舞伎 研究と批評47』2012年5月)

 

※敬称省略

寛政13年(1801)2月 江戸中村座 師直=4市川團蔵 若狭=2市川門三郎 判官=市川荒五郎 顔世=2瀬川菊三郎

『新版 忠臣蔵十一段続』という作品の「大序」と「二段目」が描かれた初代豊国の絵。大紋烏帽子の師直に若狭が詰め寄るのを判官が扇子を手に制する。この画面には居ないが直義は四代目中村七三郎

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寛政13年2月 江戸中村座 「新板 忠臣蔵十一段続 大序・二段目」師直=4市川團蔵 判官=1市川荒五郎 若狭=2市川門三郎 顔世=2瀬川菊三郎 
文化7年 師直=5松本幸四郎 若狭=7市川團十郎 判官=2尾上松助 顔世=瀬川仙女

勝川春亭の手による『役者見立忠臣蔵 初段』の図。見立ということで、化政期を代表する役者がそれぞれの役どころで描かれている。師直はひと目でそれと分かる五代目幸四郎。鷹の羽が描かれた上下を着た判官は後に三代目尾上菊五郎となった二代目尾上松助。龍頭の兜を手にする顔世は三代目瀬川菊之丞の瀬川仙女。やはり烏帽子大紋は師直のみで若狭と判官は上下姿。櫃は白木のように見える。

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文化7年(1810) 高師直=5松本幸四郎  桃井若狭之助=7市川団十郎 塩冶判官=2尾上松助  顔世御前=瀬川仙女
文化13年(1816)7月 江戸中村座 師直=5松本幸四郎 若狭=7市川團十郎 判官=3尾上菊五郎 顔世=2澤村田之助

こちらも化政期を代表する名優が揃った初代豊国の作品。二代目澤村田之助に言い寄る鼻高幸四郎と詰め寄る七代目團十郎の若狭。それぞれ見せ所が生き生きと描かれている。若狭と判官はともに上下姿。この興行の直義は初代市川三蔵。

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文化13年(1816)7月 江戸中村座 高師直=5松本幸四郎 若狭之助=7市川團十郎 判官=3尾上菊五郎 顔世=2澤村田之助
文政4年(1821)5月 江戸中村座 若狭=7市川團十郎 顔世=5瀬川菊之丞

 初代豊国の作品。顔世は通称多門路考の五代目瀬川菊之丞。若狭之助は七代目團十郎

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文政4年(1821)5月 江戸中村座 かほよ御ぜん=5瀬川菊之丞 若さの介=7市川団十郎

文政5年(1822)5月 江戸中村座 高師直=3坂東三津五郎

永木の三津五郎こと三代目の坂東三津五郎高師直。初代豊国の作。実際の舞台を見ているとあまり印象がないが、錦絵だと烏帽子を押さえる鉢巻に目がいく。描く際にコントラストとして鉢巻を大きく描いた方がキレイとかいう理由なのか。はたまた昔は、大時代な味わいとして、鉢巻を大振りにしている可能性だってあるかもしれない。

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文政5年5月 江戸中村座興行 高師直=3坂東三津五郎
文政8年(1825)7月 江戸中村座 高師直=5松本幸四郎 若狭之助=7市川團十郎

初代豊国の作。師直というとどうしても皺のよったお爺さんのイメージだが、三代目三津五郎でもそうだが、絵のようにきれいな顔で、壮年期真っ盛りの師直という感じの芝居も見ていたいと思った。

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文政8年(1825)7月 江戸中村座 高師直=5松本幸四郎 若狭之助=7市川團十郎
文政13年(1830)4月 江戸市村座 師直=1片岡市蔵 若狭=2坂東簑助 顔世=2岩井粂三郎

二代目豊国の作品。七代目片岡仁左衛門門下の初代片岡市蔵の師直。顔の化粧が一風変わっている。役柄の性格表出のためか隈をとった大時代な師直の姿である。大紋も定番の黒ではない。上方出身の役者らしい工夫を凝らした役作りが窺える。若狭は後の四代目三津五郎となった簑助。顔世は後の六代目岩井半四郎となった二代目の粂三郎。

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文政13年(1830)年4月 江戸市村座 師直=1片岡市蔵 若さの介=2坂東簑助 かおよ御ぜん=2岩井粂三郎
 天保10年(1839)7月 江戸中村座 師直=4中村歌右衛門 若狭=4市川八百蔵 判官=4坂東彦三郎 顔世=初代岩井紫若

色味が鮮やかな国芳の作。外題名は『仮名手本』ではなく、『忠孝義士由良意(ちゅうこうぎしのゆらい)』として上演された。芝居番付も併せて見る限り演出は仮名手本忠臣蔵と近いため採り上げた。師直・若狭・判官の三人が烏帽子大紋姿と変わり、衣装の色も現行に近い。(芝居番付の若狭と判官は上下姿である。)

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天保10年(1839)7月 江戸中村座 師直=4中村歌右衛門 若狭之助=4市川八百蔵 塩谷判官=4坂東彦三郎 かほよ御ぜん=1岩井紫若
嘉永2年(1849)7月 江戸中村座 師直=4坂東三津五郎 若狭=5澤村長十郎 判官=3尾上新七 顔世=3岩井粂三郎

三代目豊国の作。師直の顔世を見つめる首の傾げただけで、好色味を感じる作品である。顔世の岩井粂三郎は、懐紙を口に咥えている。現在では懐紙を持つやり方だが、昔は口に咥えて兜改めをする人もいたという。(リンク参照)。その顔世は三代目岩井粂三郎で後の八代目岩井半四郎である。描かれていない直義は市川白蔵

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嘉永2年(1849)7月 江戸中村座  高ノ師直=4坂東三津五郎 桃ノ井若狭之助=5沢村長十郎 ゑんや判官=3尾上新七 高貞妻かほ世=3岩井粂三郎 
嘉永2年(1849)9月 大坂筑後芝居 師直=4三枡大五郎 若狭=2片岡我童 判官=市川市紅 顔世=3中村大吉

七代目片岡仁左衛門の十三回忌追善興行として大坂筑後芝居で演じられた。上方絵で名高い五粽亭広貞の作品。大立者と評された三枡大五郎の迫力ある師直が印象的。三枡大五郎は明治前期の関西の雄・中村宗十郎の養父。直義は嵐冠三郎。

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嘉永2年(1849)9月 大坂  高ノ師直=4三枡大五郎 判官=2市川市紅  御台かほよ=3中村大吉 若狭之輔=2片岡我童 

 

文久2年(1862)3月 江戸中村座 師直=1坂東亀蔵 顔世=3澤村田之助

師直の台詞が聞こえてきそうな画面。三代目豊国の作。初代坂東亀蔵は四代目彦三郎で、通称彦旦那こと五代目彦三郎の養父にあたる。三代目澤村田之助も伝説的な女形として知られる。両者ともに写真が残っているが、このあたりの役者から錦絵と写真とで顔の比較が出来て興味深いものがある。ちなみにこの興行の他の配役は判官が二代目澤村訥升、若狭之助は二代目の片岡我童、直義が五代目坂東彦三郎であった。

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文久2年(1862)3月 江戸中村座 高の師直=1坂東亀蔵 かほよ御ぜん=3沢村田之助
文久3年(1863)11月 江戸市村座 師直=3市川九蔵 若狭=4市村家橘 顔世=2尾上菊次郎

二代目国貞の作品。後の七代目團蔵の師直と五代目菊五郎の若狭という明治期の大立者同士の大序。判官は二代目澤村訥升。直義は三代目市村竹松

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文久3 年(1863)11月 江戸市村座 師直=3市川九蔵 若狭之助=4市村家橘 顔世=2尾上菊次郎
慶応元年(1865)師直=3嵐吉三郎 若狭=2實川額十郎 判官=2尾上多見蔵 顔世=1荻野扇女

上方役者絵の芳滝の見立作品。前年の元治元年(1864)大坂中の芝居で三代目嵐吉三郎の師直、初代實川延三郎(二代目實川額十郎)の若狭、顔世は荻野扇女と一緒だが、判官だけは画中の尾上多見蔵ではなく、六代目嵐雛助が演じている。
若狭と判官の衣装の色が現行とは逆になっている。

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慶応元年(1865)1月 大坂 高ノ師直=3嵐吉三郎 塩谷判官=2尾上多見蔵 若狭之助=2実川額十郎 かをよ御前=1荻野扇女

 

浮世絵は「早稲田大学演劇博物館浮世絵閲覧システム」より
https://www.arc.ritsumei.ac.jp/lib/vm/digitalukiyoemuseum/2017/06/post-95.html